2005年 04月 18日
walkman=sony |
それから長い間、walkmanと言えばsonyというぐらい定着し、メディアが代わりながらも長い間その地位を死守していました。アップルのiPodが出るまでは・・・walkman.が出現した当時はパーソナル・コンピュータなど無い時代でした。私と言えば、この頃CBS-SONYに就職しようとしていたのです。そして3次か、4次の試験で、「デジタル時代について考察しろ」と言う論文形式の試験がありました。
この頃デジタルと言えば、やっとPCM録音が話題になる程度の時代です。この論文に関しては別の機会に書きますが、時代は流れて、CD、DAT、MDに移り変わりパソコンも普及してネットワーク時代に突入しました。それに伴いデータ圧縮に関心が集まりました。iPodが現れる少し前からmp3の話題が聞かれるようになり、少しづつ土壌が固まりつつ、ありました。
そしてアップルからiTunesが発表されたのです。それ以降は御存知の通りなのですが、何が言いたいかと言うと、先見性も、そうなのですが、やはり既存の技術を利用して物を作るのは得意だけども、新しい発想が無い!と言われて久しいですが、これも、その答えでしょう・・・そして遂にSONYは、二番煎じに甘んじる事となりました。とても残念です。
自由で健全な競争のない世襲制の様な二世、三世や既得権益に守られる歪な社会主義気質からは新しい発想は育つはずもありません。受験のための記憶力競争のような勉強からも、それを望むのは無理な事ではないでしょうか?情けない事に高校までに少なくとも6年は英語の授業が有ったにもかかわらず、コミュニケーションの道具としても使えないのです。そればかりか、L、R、thなどの発音も満足にできないのが現状です。意味のある勉強と言えるでしょうか?
私が子供の頃から疑問に感じていた事が、やはり不自然で、納得のいかない現実であったと、大人になって改めて考えさせられています。その間、この社会は全く改善されなかった事に驚きを隠せません。やはり日本は、いつまでも、こんな状況から脱する事ができないのでしょうか?まあ、このシステムは上に都合が良く作られているだけで、成長型の、それとは違います。故に再構築が無理なのも、うなずけるのですが・・・日本が好きなだけに残念に思います。
by chintasan
| 2005-04-18 15:54
| 社 会